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【2022 京都旅行 vol.2】高瀬川船廻し場跡のせせらぎ〜先斗町通りから先斗町歌舞練場へ

ふと思い立って、京都旅行へ行ってきました。(その2)

午前中に東京から京都へ移動し、祇園付近のホテルにチェックイン。お昼ご飯を求めて散歩へ出かけます。

-目次-

 

高瀬川船廻し場跡

鴨川と並行に流れる小さな川がありました。

豊臣秀吉が天下統一の後、その権勢を誇るものとして「天下泰平」祈願の寺・方向寺(大仏殿)を建立した時、その資材(石材)を瀬戸内の島より諸大名に命じて、伏見港から京へ搬入するために、天正十四年(一五八六)、当時の豪商・角倉了以に命じて、御土居の外に沿って掘らせ、慶長一九年(一六一四)、現・一之舟入(二条)から伏見まで息子素庵と共に開通させた水路(運河)が高瀬川である。
その後、この高瀬川は、京に米・材木・薪炭・などの他、日常雑貨なども運び込む大切な通路として、大正九年(一九二〇)まで使われていた。(京都観光オフィシャルサイトより)

とても穏やかで、透き通ったせせらぎ。

京都は盆地なので空気が停滞するイメージがありますが、川付近は気持ち良い風が抜けていきます。

ja.kyoto.travel

 

東華菜館 本店

路地を抜けて先斗町を目指して歩いていると、特徴的な歴史建造物が見えてきました。

建物はウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計。西洋料理店のため、大正15年(1926)に建てられた。学校や教会建築を数多く手がけた彼の、生涯唯一のレストラン建築であったが、戦時中、洋食レストランの存続が困難になり、北京料理のシェフの手に渡ったことが、東華菜館の始まりとなる。現存する日本最古のエレベーターが有名。スパニッシュ・バロック様式の建築を鑑賞しながら本格的な北京料理が楽しめる。(京都観光オフィシャルサイトより)

ja.kyoto.travel

 

先斗町通りから先斗町歌舞練場へ

先斗町(ぽんとちょう)という名前の由来は、ポルトガル語(ponte:橋)という説や、鴨川と高瀬川の川(皮)の間にある鼓(堤)に例え「ポンと」音がする、という説など、諸説があるようです。

京都らしさが詰まったエリア。久しぶりです、観光気分が盛り上がってきました。

ちょうどお昼時で、どのお店も混雑していました。ランチでも事前予約としているお店が多い印象でした。ブラブラと歩いていると、先斗町歌舞練場にたどり着きました。

1925年(大正14年)着工、1927年に完成。 設計は大阪松竹座や(大正12年)東京劇場(昭和2年)など、数々の劇場建築を手がけたを手がけた大林組の技師 木村得三郎氏。 鉄筋コンクリート造、地上4階、地下1階だそうです。

歌舞練場の屋根には鬼瓦がありました。中国の蘭陵王舞楽面を型取ったもので、先斗町の繁栄を祈念し、守り神として据えられたそうです。

荘厳な扉。

各所に施された豪華な装飾が、建設当時の賑わいを感じさせます。

www.kamogawa-odori.com

こちらはBarでしょうか?マトリョーシカマトリョーシカマトリョーシカ、、、。

ぶらぶら歩いていると、美味しそうな割烹を見つけました。

なかなかお店が空いておらず、かつ何を食べるか悩んでしまい、またスタート地点まで戻ってきてしまいました。お腹がペコペコなので、いい加減にお店を決めねば。つづく。

 

camera:sony α7Ⅳ

lens:sony SEL35F14GM

 

 

 

 

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